中古本にある痕跡を辿る

ときどき、古本屋で本を買います。出来るだけ時が経過して、人の手にふれて、本の表紙がくたくたになったものが良いです。中古本のページをめくってみると、さまざまなことが書き込まれています。文字だけでなく、文章に傍線が引っ張ってあるものや、ペンの試し書きをしたような無意味な丸いもじゃもじゃまで、ありとあらゆる痕跡が残されています。思い出深いのは、心理テストの中古本。前の持ち主はまじめな人だったのか、律儀に答えが記入してありました。芸能人で答えてください、という問いには、その人の好きな芸能人の名前がずらりと並べられていて、そのラインナップで、何歳くらいの人なのか、いつ頃この本を手に取ったのかが透けて見えるようでした。さらには、ここでは書けないような恥ずかしい内容までが事細かに記入してあり、私は名も顔も知らないその方の秘密を覗いてしまったような妙な気持ちになりました。その方と実際共に生活している人たちには見せていないであろうその方の心を、まったく関係のない私が知っているのです。小説を読んでいるような気分です。だって、小説には登場人物の心情が書かれているけれど、登場人物の周囲にいる人たちには伝わっていないのですから。そこにはいない私たちだけが、知っているのです。もう一つ、思い出深い中古本があります。ジャンルとしては、心理学の本だったと思います。著者によって、人生で出会う難問が一文でうまく表現されていて、考えのヒントになるような箇所がありました。なるほど、と私が思ったところに前の持ち主も傍線を引っ張っていて、しかも気に入ったのであろう言葉に丸がしてありました。すごく気が合いそうです。きっと、線の引っ張り方や丸の感じから、女性で、他にもある痕跡から見るに、結婚に悩んでいるのだろうということがわかってしまいました。悩みは解決したのでしょうか。したから、本を売ったのかもしれません。中古本にある跡から、人物像が浮かび上がります。これだけ膨大な数の本の中から、同じ本・・・まったく同一のものを手にしたということ自体、不思議な縁を感じます。